新型スープラの発表イベント以来、約2ヵ月ぶりにお台場のトヨタメガウェブへ行ってきました。
水素自動車のミライと並んでるのはトヨペット・コロナ。親父の大昔の愛車です。

トヨタの元町工場操業60周年企画という事でA80型スープラ他、普段メガウェブに常設展示
されてない旧車が勢揃い。
展示エリア入口にも2ドアタイプのコロナが。(親父の愛車だったコロナはこちらの2ドア車)
余談として親族の影響から子供が同じメーカーの車を選ぶというケースは多々ありますが
自分の周りはトヨタ車2台を乗り継いだ (その前はマツダ車に乗ってました)育ての親父以外、
実の親父がホンダ車を2台乗り継ぎ。自分は以前ここに書いてるとおり三菱車から日産車
2台を乗り継いで、ついでに書くと従兄はマツダ車からスバル車へと見事にメーカーバラバラ。
考えの縛りや拘りなく欲しい車があれば自由に買ってきたという感じ。
スープラがA60 (日本名セリカXX =当初は6気筒のエンジンを積んだセリカの派生車でした)
からA70、セリカも同じくA60から流面系で有名なT160、そして更に満を持して鮮烈デビュー
を果たした初代ソアラのZ10がZ20へとモデルチェンジしてく時期に免許を取って車に興味を
持ち始めた自分は良くも悪くも「車好きをこじらせた」タチの悪い世代です。

先日開催された新型スープラの発表イベントでもカスタマイズされた個体が沢山展示されてた
A80スープラですけど、やはりフルノーマル車はある意味で格別です。
当時のA80スープラカタログ。表紙が銀色の3冊は同じに見えますが上段右が1993年5月版
で左が1994年3月、下段の左が1994年8月で表紙の色が濃い下段右は1996年4月版です。
余談としてスペシャリティカー、デートカーブーム時代を知らない若い世代がスポーツカー
と認識し昔もMT車が主役だったと思われてる日産180SXやマツダサバンナRX-7、トヨタ
MR2等がカタログの室内紹介写真にあるとおりAT車メインだった時代には…
その例に漏れずA80スープラもずっとAT車が主役だったわけですが…

1996年版カタログでは室内紹介がMT車に変わってます。これはロングセラー化し90年代
後期まで生産された上記180SXも同じ。どうやら1995年~96年辺りに大きな変化が起きた
みたいですね。(因みにドリフトや走り屋ブームのきっかけになった漫画「頭文字D」の登場
が1995年ですけど関係があるかは不明)

鮮やかな白い車体が印象的なマークⅡ。
バブル期にデートカーブームと並行して起きたハイソカー (ハイソサエティーカー =上流階級
が乗る車)ブームの代表的存在で、兄弟車のチェイサー、クレスタと共に「マークⅡ3兄弟」と
呼ばれてました。
マークⅡの1987年版カタログ (2018年秋に載せた「旧車天国」ページから転載) 。
こちらは1993年に知人の愛車だったマークⅡの横で撮った写真。

1994年に登場した初代RAV4 (左の写真2枚)と1996年登場のイプサム (右側2枚)。SUVと
ミニバンが繁栄する時代が来る事を予感させる2台です。
RAV4のカタログ。向かって左から1994年5月、1995年4月、1996年8月版。 現在は完全な
SUVに成長したRAV4ですが、デビュー当時はライトクロカン (街乗り優先な軽めのクロス
カントリー車)というカテゴリーに属してました。
クーペ全盛だったナンパな時代のバブル全盛期は都会のオシャレな遊びが全てのように
捉えられてた時代。SUVの先祖に当たる当時のRV車は本格的なアウトドアを全面に押し
出してたため硬派寄り (少し前に流行った「真面目か!」みたいなニュアンス)のイメージで
扱われ車のカテゴリーとしては流行の中心から外れてました。
その険しい山道を走破するというRV車の男臭いイメージを変える為、車が本来持つ目的
から外れるものの都会的で軽めなセンスを付加価値として追加したのが「ライトクロカン」
で、そこから今のSUVに流れも繋がってます。
よく考えたら4輪駆動車的 (実際4駆が大半ですが)な外観をまといながら以前のRV程の
悪路走破性を有してないSUVは、スポーツカー的な外観をまといながら中身は乗用車に
近かった昔のスペシャリティーカーと同じカテゴリーに属する車と言えるかもしれません。
因みにRVは「レクリエーショナル・ビークル」でSUVは「スポーツ・ユーティリティ・ビークル」
の略。語源だけなら「余暇の娯楽や休息」から「スポーツ志向」の体育会系な流れになり
軟派から硬派へという話になりますが…まあどうてもいいか。

こちらはイプサムの1996年6月版カタログ。
「家族のミニバン」という新ジャンルが確立したのもこの時代でした。1991年に起きた
バブル崩壊の影響がこの頃から顕在化、日本が長期に亘る構造不況に陥ってく暗い
時代へ突入したが故、車も個人優先から多人数乗車へとある意味「絆」が強調される
流れに大きくシフトしたのかもしれません。

そして展示エリアを見学し終えて反対側の出入口へ向かうと…そこにもコロナが。

ここまで沢山コロナを展示されたら仕方がないので最終兵器 (なんのこっちゃ)を
出します。まずは1965年発売の「コロナ1600S」カタログと…
コロナと一緒に写ってる約40年前の自分。

帰り際にヘリテージカー展示スペースから繋がるヒストリーガレージを久しぶりに訪問。
正に昭和カルチャーの博物館的な佇まいでした。

(2019. 7.)

先日出向いたトヨタメガウェブの「新型スープラ発売記念イベント」会場に展示してあった「ワイルドスピード」
のA80型スープラを観たのをきっかけにして久々にワイルドスピードシリーズのBDを観ました。

実はワイルドスピードのパート1を初めて観たのは何の予備知識も無く借りたビデオ。主役を張る
スープラを筆頭にしてRX-7やランサーエボリューション、スカイラインにシルビア等、アメリカ映画
で日本車がこんなにまとめて使われているのかと驚いた作品でもありました。

そんな中で一番驚いたのは映画の冒頭で登場する黄緑の車、三菱の2代目「エクリプス」です。
主役級の扱いで映画の最初にエクリプスが出てきた時はかなりビックリしました。何しろ日本
ではもの凄くマイナーな存在 (失礼)だったので…
因みに若い車好きの中には当時の2代目エクリプスが三菱の北米専用車だったと思ってる方
も一部いらっしゃるみたいなのですが、しっかりと日本国内でもエクリプスは発売されてました。

もうひとつイベント絡みの話ですが新型スープラのキャッチコピー「SUPRA IS BACK TO JAPAN
を初めて見た時…
1989年に登場した日産の240SXに与えられた「THE Z IS BACK」の称号を連想しました。240SXは
自分の愛車180SXのオリジナル車両です。

排気量2400ccのL24型エンジンを搭載し全米で絶大な人気を誇った日産のS30型初代フェアレディZ。
その「240Z」と呼ばれたグレードがZのモデルチェンジでラインナップから姿を消した後、240Zと同じ
2400ccのエンジンを積んだハッチバッククーペという仕様で誕生した経緯から「Zの再来」とアメリカ
で話題になったのが240SXです。
日本へ持ち込まれた際エンジンを換装、「180SX」に改名して国内デビューした愛車のカタログには
「Zが帰ってきた (THE Z IS BACK)」の海外ニュース記事がちゃっかりと転載されてました。
という事でアメリカでは帰ってきた240Zと称されてた愛車ですが、実際型式がRS13でS13型シルビア
の兄弟車である180SX (240SX)はフェアレディZとまったく無関係ではありません。
初代シルビアは車名にZが付く前の「SP310型」ダットサン・フェアレディを基礎にして新デザインの箱を
載せ「CSP311型」として誕生しました。その後2代目の「S10型」から型番に「S」を使うようになり3代目
の「S110型」、4代目「S12型」、そして5代目の「S13型」シルビアへと続きます。
対してフェアレディZは上記の初代「S30型」から2代目「S130型」へ。その後に排気量3000ccの300ZX
が追加された3代目の時点で初めて型番に「Z」が使われ「Z31型」になり、それと同時に車格も上昇。
つまり共通のシャシーで誕生したルーツを持ち、更に以前はZが同じ「S」型番を名乗ってた事によって、
フェアレディと180含むシルビア系は初期段階で非公式の兄弟車だったと解釈する事も出来るわけです。
(因みに同じような経緯を持つ日産車としてセドリックとセドリックのシャシーを使い誕生した派生車の
シーマが「Y」型番、キャラバンとキャラバンのシャシーを使い誕生したエルグランドが「E」型番を共有
してます)

(2019. 5.)

お台場のトヨタメガウェブで「新型スープラ」の大イベントが開催されたので行ってきました。
1980年代にクルマ三昧な日常を送った自分のような世代にとって、スープラという車名や
そのネームバリューは強大。そのスープラが最新のA90型として17年ぶりに復活です。

期日は17日から金土日の3日間。土曜日曜は混雑が凄くなりそうだし、平日は少し空いてる
かなと (混んでるのは別にいいんですけど撮った写真をここへ載せる際のプライバシー処理
が大変なので)初日の金曜午後から時間を空け行ってきましたが…考えが甘かった。
2ドアクーペは近年の日本で元気が無い状況が続いていましたけど、その流れが変わりつつ
あるのかと思わせる盛況ぶりに実はクーペ好きの自分が一番驚いてるという感じ。
元々クーペは「上流貴族が乗る馬車」の型式を表したフランス語が語源の用語。そのルーツ
から解るとおり贅沢で華やかなテイストのジャンルなのです。

こちらはA90型の原型、コンセプトカーの「FT-1」。

そして自分的に大好物なヘリテージカー展示として歴代のA70型、A80型スープラが勢揃い。
因みに冒頭のイベント告知で後方中央に記載されてるA60型スープラ (日本名セリカXX)は
現車の都合がつかなかったのか展示されていませんでした。

前にも何度か書いてますけど、A70型スープラは状態の良い個体が手に入るなら唯一今の
愛車を手放してもいいと思ってる車。ただこちらも何度か書いてる事として登場から30年経つ
今の愛車より昔の車(登場から33年)なので、仮に良いタマに巡り合ったとしてもアフターケア
がどうにも出来ない…
そしたら何と今回のA90型発売を機にA70型とA80型の製廃部品を再生産する「ヘリテージ
パーツプログラム」開始の発表が。トヨタさんの釣り針がデカ過ぎます。

A80型スープラも登場時のインパクトはハンパないものでした。丸ランプが沢山並ぶA80の
テールランプを初めて見た時、思わず「信号機」を連想したという懐かしい記憶が。

映画「ワイルドスピード」パート1に出演してた劇中車 (レプリカ)の姿も。

こちらは「SUPER GT」のA80型歴代参戦車。

最新のA90型もレースカー仕様やカスタマイズカーが大量に展示されてました。

(2019. 5.)

7月下旬から大きなヘリテージカー展示をやってるお台場のトヨタメガウェブを久々に訪問。メガウェブ
のイベントは車の展示期間が長いのに加えお台場という自宅からすぐ行ける近さも重なり先延ばしに
してる間に行きはぐった事が数回有り。気をつけないと…


まずは新車の展示スペースで今年6月に発売が開始された新型のセンチュリーを見学。
そしてこちらは「レクサスLFA」のレース仕様車。
LFAは2010年に市販車が世界限定500台で発売され、そのうちの日本に割り振られた200台は3750万円と
いう価格ながら即完売に。タマ数も少なく公道でなかなかお目にかかれない幻のスーパーカーです。
余談として以前にLFAの1/18サイズダイキャストミニカーをメガウェブ内ミニカーショップで購入したんですが
実はその日が東関東大震災前日となる2011年3月10日。メガウェブへの訪問日が翌日だったらお台場から
帰宅できなかったかもだったのでした。
(実際ショップへ後日行ったとき店員の方に伺ったら、地震の後お台場から出れずに現地で1泊したそうです)

センチュリーとLFAを観た後、いよいよヘリテージカー展示イベント開催中の「ヒストリーガレージ」へ。
まずは1階にあるレースカーが集まったエリアを見学。
注目したのはこちらの「A80型スープラ」。
1993年にA80型が登場した時、自分がド真ん中だったA70型のリトラクタブルライトからいきなり目玉のような
デカいライトになったので本当に驚きました。スープラは来年17年ぶりに新型が登場する予定です。

そして2階へ上がりイベントの会場へ。平日の閉館時間直前 (夜9時前)だったのでほぼ独占状態。
祭りの演出がいい感じです。

ヒストリーガレージは昨年12月にリニューアル、洋風レトロ調から日本の昭和風になりました。


これはもう完全に旧車を主役にした昭和のテーマパークです。
とりあえず先に動画を。(映像を少しレトロ風に加工しました)


またレトロな風情を演出する各種アイテムのクオリティーがとにかく凄い…
レトロアイテムを撮り出したら後半は車が入ってない写真が多数になってしまいました。

夜9時の閉館時間まで滞在したあと帰路へ。大げさな表現抜きで本当に楽しかったです。

(2018. 8.)

何気にトヨタ・メガウェブのウェブページを訪問したらこんなイベントの告知が…という事でお台場へ行ってきました。
 

トヨタの施設へ日産車を観に行く…と言ってもヒストリーガレージにはトヨタが独自で集めた日産車を含む他社の
車も普段から置かれてるのでそれ自体はそんなに違和感を感じません。今回妙な感覚だったのは展示車すべて
が日産が管轄してる座間記念庫収蔵のヘリテージカー達だから。
日産ギャラリーで観た事がある車がトヨタの施設へ貸し出され展示されているというそのシチュエーションが何とも
不思議な感じでした。

余談として上記のうち2台を以前横浜の日産ギャラリーで観ています。見学日は2012年4月6日、偶然にもちょうど
5年前でした。(今回メガウェブを訪問したのは2017年4月7日)
因みに上記2台を初めて観たのは東銀座時代の日産ギャラリー。見学日は見事に10年前となる2007年3月12日
と23日、完全な5年周期…

ヒストリーガレージの2階へ上がると赤の「カローラレビン」が主役級の扱いで展示されてました。車好きな若い方
には「AE86」と書いた方が判りやすいかもしれませんね。1990年代に連載が始まった峠の走り屋がテーマの漫画、
「頭文字D」で主人公が乗ってた車がこのレビンの兄弟車「スプリンタートレノ」です。
こちらはレビンの1984年版カタログ。当時女性に大人気だった郷ひろみがイメージキャラクターとしてカタログに
登場してます。
ついでにトレノのカタログも。通常のヘッドライトだったレビンに対しトレノは「リトラクタブルヘッドライト」搭載車。
実はレビンとトレノは自分の愛車だったS13シルビアや兄弟車の180SXと同様、安価なFR車という事で登場
当初の1980年代からコンセプトが大きく変化した車の代表的存在。
カタログではレビンの郷ひろみに対し古谷一行がイメージキャラクターとして前面に押し出され「衝撃、SEXYトレノ」
や「SEXYクルージング」とSEXY大連発、発売時には峠を攻める車ではなくアダルトな大人のクーペとしてデビュー
してた事が判ります。

その後ヒストリーガレージからメガウェブ本館へ。発売されたばかりの新型プリウスPHVがライオンと一緒に
ステージ上に鎮座。
乗り込める展示車の運転席へ入ると、そこには大型タブレット端末をそのまま埋め込んだようなモニターが。
従来のプリウスとフロントもリアもデザインが違います。

プリウスPHVデビューを記念して歴代プリウスも展示されていました。
何と歴代プリウスの運転席にも入れました。一応ヘリテージカー世代の車なのでニスモショールームでR34型
スカイラインに乗り込んだ時と同じく受付のお姉さんに事前確認。
最後に初代プリウスのカタログです。今でこそ当たり前になったハイブリッドシステムですが、当時その仕組みの
全容を理解するのに少し時間がかかりました。改めて考えたら初代デビューから約20年が経過してるのは驚き。

(2017. 4.)


お台場のトヨタメガウェブで開催されてるモータースポーツ車両特別展示を観に行ってきました。

屋上駐車場に愛車を停めてエレベーターで1階へ下りショールームへ入ったものの肝心のイベント展示車輛が見当たらず…
まさか来ないうちに終わってしまったのかなと少し焦りながら受付のお姉さんに聞いたら2階 (以前レクサスの専用スペース
だった場所)でした。

こちらはトヨタとBMWの共同開発車「FT-1」、事実上「スープラ」の後継車としてデビュー待ち状態にある車です。そして驚くことに
BMWからは現行「Z4」後継車として発売が予定されてて、実現すれば「国籍違いの兄弟車」が誕生するという事に。

どこかで観た事ある車だなと思ったら…2年前の東京モーターショーで混雑が凄く1枚しか写真が撮れなかったコンセプトカーでした。

こちらも2年前モーターショーで登場後 (正式には2014年のパリモーターショーで初登場)、ほぼそのままのデザインで先日デビュー
した「C-HR」。2014年秋に日本で初めて合法化されたシーケンシャルウィンカー (流れるウィンカー)を搭載してます。

この後、昨年末リニューアルオープンしたヒストリーガレージへ。

1階入口を入ってすぐ横の右側に新しく歴代WRC車輛展示スペースが作られてました。ダート走行用の最低地上高、悪路走破の
為の高い股下を持つ正に「クーペの箱を載せたSUV」…というよりも「すきま風の入らないジープ」と呼びたいクルマ達が勢揃い。
2階に上がると「箱根駅伝を駆け抜けたランナーとクルマ」という展示イベントが開催されてました。
近年のPHVやFCVから遡ってくと、「マジでこれらのクルマが箱根駅伝で走ってたの?」というようなラインナップで驚きました。

そしてここまで来たんだからと久々に1階のミニカーショップへも訪問。とりあえず買う予定の商品は無かったんですけど…
何とかつての自分の愛車「三菱スタリオン」が新発売(しかも「色と年式が同じ」仕様)されてて急遽購入。
ここ最近は新商品の情報をチェックしてなかったため昔乗ってた車のミニカーが発売されてたのを本当に知りませんでした。
前に書いたので知ってる方もいると思いますけど今回のスタリオン発売元であるインターアライド社さんは2年前にも自分が
今乗ってる180SXを「色と年式が同じ」仕様で発売してくれてます。
前に買ったS13シルビアのミニカーも出して一緒に撮影、こちらも乗ってた実車と色がほぼ同じ。免許取得後しばらく親父から
借りてたワンダーシビックを除けば愛車履歴はこの3台のみ。

こちらはスタリオン登場直後の1982年5月版カタログ。この車もスタイルや動力性能等から後にスポーツカーとして扱われる
事になっていきますが、スペシャリティカーとして登場した証のごとく発売当初の室内紹介写真はAT車でした。
因みにマイナーチェンジでエンジンラインナップに新型のシリウスダッシュが追加され、最上位グレードが175馬力のGSR-Ⅲ
(その上に注文生産だったGSR-Xもあり)から200馬力のGSR-Vになった後のカタログで室内紹介がMT車になりました。
余談ですがスタリオンに積まれた特徴的な技術に「サイレントシャフト」があります。これはクランクシャフトの両側にオフセット
された2本のシャフトがクランクシャフトの2倍の速度で回転、エンジン振動を「干渉の原理」で打ち消すというもの。
静粛性を高めるこの技術が当時ポルシェにも技術供与され「ポルシェ944」にも搭載されていたとカタログに載ってたりします。
ついでにもうひとつ余談として「スタリオン」は星 (STAR)と、ギリシア神話の英雄ヘラクレスの愛馬だったアリオン (ARION)を
組み合わせた造語 (STARION)です。悪友から昔「お前が乗ってる車だし」とか「乗り手のイメージとダブる」等かなりの誤解を
伴ったいじられ方をしましたが決して種馬や絶倫を意味する (STALLION)ではありません。
(この件については映画「ロッキー」のキャッチフレーズ訳"イタリアの種馬"や後にヒットしたゲームソフト「ダービースタリオン」
などにより当時も今も勘違いしてる人がかなりいます)

想定してなかった思わぬ収穫に喜びつつ、ヒストリーガレージの2階出口から帰路に着きました。

(2017. 1.)

7月下旬、トヨタの歴代WRCカー展示を観るのにお台場のトヨタ・メガウェブ内ヒストリーガレージへ行ってきました。

歴代のWRCセリカです。型式が左からA60 (TA64)、ST160 (ST165)、ST180 (ST185)、ST200 (ST205)。
発売当時のデートカーブームが去ったあと走り屋仕様の定番車になった我が愛車180SXは現在残ってる個体の殆んどが車高を下げてる為
それらとの対比からフルノーマルで高い股下のままな自分の車を友人は「クーペの箱を載せたSUV」と呼びますが、ダート走行用に特化した
足回りを持つラリー仕様セリカはそれ以上に「SUV的な車高を持った」クーペに仕上がってます。
ベースになった市販セリカの歴代カタログ。同じく左からA60、ST160、ST180 (ST185)、ST200 (ST205)。
当時のカタログを見て時代だなと思うのは、スポーツカー的な外観を持つセリカの車内を紹介する写真が一番左のA60を除き全部AT車な事。
これはA60の次にST160が「流面形セリカ」として登場したバブル景気直前の1985年頃から、小型のクーペが市場でスポーツカーとしてじゃなく
雰囲気や女性とのデートを楽しむスペシャリティカー (その延長線上にデートカーブームがありました)というジャンルで扱われるようになった為。
FRを採用してる事でスポーツカー要素が強い故に今の自動車ファンからは「MT車でなければ無意味」とまで言われる日産のS13型シルビアや
180SXも例外ではなく、セリカと同じように当時はAT車が主役でした。

ヴィッツをベースに作られ2017年のWRCに向けてテストが続けられてる「ヤリス」、何か名前がゴジラとかの特撮に出てくる怪獣みたいですね。

こちらはカローラWRC
因みに昔買った同系の1/18ダイキャストカーは既に絶版になってます。

幻となった「グループS」カテゴリーの為に作られたMR2。
ドアの周辺を見るまでベースが下記の初代MR2 (AW11)だとわかりませんでした。
ついでに上記のセリカ同様カタログに絡め当時の事を書くと…ミッドシップという「硬派な走り」を売りにしてそうなMR2も車内の紹介写真はAT車。
とにかく小型クーペの市場がユルユルな時代だったのです。

(2016. 9.)

12月に入ってからスマホの写真をまたPCに放出しました。こちらは先日お台場のメガウェブ内ショップでハチマルヒーロー最新号を
買った際に撮った車たち。日産の座間記念庫も凄い規模のヘリテージカー所蔵数ですけどトヨタのヒストリーカー所蔵数も驚きです。


すべての自動車の元祖、「T型フォード」まで。現在も自走可能で走ってる姿や当時の運転方法をレクチャーするVTRが流れてました。
エンジン始動のやり方やペダル位置が今の車とかなり違います。

若い人に運転の楽しさをという事で開発され、ヒットした漫画と昔の名車にあやかった名称を持つ「86」。いざリリースされたら自分と
同世代以上のセミリタイヤ世代が発表会に殺到したという「おっさんホイホイ」車に…
初めて水素自動車「MIRAI」の運転席に座りました。室内の感覚やインパネまわりは日産の電気自動車「リーフ」のほうが近未来的な
雰囲気がすると思います。今までに無い新しい運転感覚ならリーフ、最新のテクノロジーを今までの車と違和感なく手に入れたいなら
MIRAIかなと感じました。

(2015.12.)

お台場のトヨタ・メガウェブ内ヒストリーガレージで展示された歴代のクラウンシリーズ。

有名な「いつかはクラウン」というキャッチコピーですがその響きからずっと日本が高度経済成長期に向かってく頃のものだと勘違いしてて、
実は1983年の7代目クラウンに付けられたコピーだと最近になってから知りました。

(2015. 7.)

「クラウン生誕60周年記念展」で展示された貴重なラリー仕様のクラウン。

ついに市販された水素で走る燃料電池車「MIRAI」。モーターショーに展示された際のスカイブルーが強く印象に残ってたため
今回初めて見たホワイトボディはすごく新鮮でした。

(2015. 6.)

80年車の特集本「ハチマルヒーロー」最新号を買う目的でお台場のトヨタ・メガウェブ内のショップへ。

今回の目玉は1985~87年のモーターショーでデビューした日産の「MID4」特集。デザイン上の話ですが後に自分が約20年維持し続ける
事になる180SXを購入する原点にもなった幻のコンセプトカーです。
1985年の「MID4-Ⅰ」と1987年の「MID4-Ⅱ」が存在しますが、初代「MID4-Ⅰ」を晴海のモーターショーで見てから4年後に180SXが登場。
後にその姿カタチをオーバラップさせ180SXを愛車として所有するに至ります。
 
そして「MID4-Ⅰ」が現存してるのは知っていたんですが日産の座間記念庫に保存されてるのは「MID4-Ⅱ」のみ。「MID4-Ⅰ」はどこで
保管、所有されてるんだろうと思ってたら部品関連会社の「高田工業」だと記事に載ってました。長年の疑問だった事が一気に解決。
因みに愛車の1994年型180SXも「高田工業」製です。(94年に日産九州工場から高田工業へ生産が委託)


その後ヒストリーガレージに展示されてる別名「女子大生ホイホイ」、ソアラを撮影。以前も撮影しましたが展示の仕方が変わって真横
から撮れました。「シャンパンゴールド」のボディカラーが印象に残ります。

80年代話がずっと続いてますが…実はこの車を撮影しに行ったのも目的のひとつ。何とランドクルーザー「70」シリーズ (1984年登場)
が80年代テイストそのままのデザインで30周年の期間限定発売。(日本では3代経て「200」シリーズになってますが海外では70も現役、
正確にはそれを国内投入するカタチです)
こちらは1993年版ランクル"70"シリーズ「プラド」のカタログですが横からの外装「ほぼそのまま」。

海外仕様だったピックアップトラックも今回国内初の投入、これもまんま80年代デザイン。

(2014.10.)

お台場のトヨタメガウェブ本館に隣接の店でダイキャスト製ミニカーを購入したあと訪問したら、昨年のモーターショーで展示されてた
水素で走る車のコンセプトカーが再展示されていました。燃料となる水素の充填時間約3分航続距離500kmというのはとてつもない
スペック…来年市販の予定です。

(2014. 3.)

20年以上の歴史を持つ池袋のトヨタショールーム「アムラックス」が2013年12月23日で閉館するのに伴い最終日まで歴代トヨタ車の
ヘリテージカーが展示されてたので行ってきました。
上記ヘリテージカーの各カタログ。(注. ハリアーのカタログ間違えて2代目を載せちゃいました。展示車は初代)。元々池袋は小学生の頃から
自転車で遊びに行ってた地元のような場所でサンシャインシティ全域が身近過ぎるためか普段まったくアムラックスへ訪問してなくて…今に
なってもう少し行っとけばよかったかなと思ったりもしてます。

(2013.12.)

お台場のメガウェブ内にある「ヒストリーガレージ」に展示されてる初代Z10型ソアラ、これこそが昔流行った"ハイソカー"の代名詞となった車です。
ソアラでドライブデートに誘えば断わる女の子は皆無、Z10からZ20になる頃には「女子大生ホイホイ」という凄い異名を授かった車でもありました。
んー、ナンパな時代。

そして他界したオヤジがトヨタ車を乗り継いでたのも当時関係してたのか、自分が教習所へ通ってた時営業の方の名刺付で自分宛にポストへ
投函され「初めて手に入れた自動車カタログ」がこのソアラだったのです。
(実はもらった時点で免許取得の最中だった自分はまだ車の種類に関心が薄く、しばらくの間ソアラだと知らないまま保管してました)

(2013. 7.)

8月の終わり、久々にお台場のトヨタメガウェブへ。昨年のモーターショーで展示公開されたレクサスの大型スポーツ"LFA"を観てきました。
限定500台、今年12月に市販予定で価格は約3800万円。日本向けの165台は既に2010年1月時点で募集予約分が完売してます。

(2010. 8.)